男の物語を女が引き継ぐ。…のか?

春風亭ぴっかり☆改め蝶花楼桃花が真打昇進披露興行 口上では師匠・小朝が涙の祝福(サンスポ、2022.3.22)

前座の時から機会を見ては拝見してきた春風亭ぴっかり☆さんが蝶花楼桃花師匠になっての真打昇進、心からお喜び申し上げます。

彼女の新しいプロフィールには、こう書いてありました。

七代目・蝶花楼馬楽の没後途絶えていた、歴史ある亭号の復活となる。「桃花倶楽部」プロフィールより

下の名前は異なりますが、「蝶花楼」という亭号は、確かに歴史ある亭号だと感じます。
「東都噺家系図」(橘左近著、1999年、筑摩書房)によると、初代は江戸時代の天保年間の人、約200年ほど前の人です。そこから七代目まで、そうそうたる顔ぶれと物語が続いています。当然ですが、皆さん男性です。三代目は破天荒な生き方を貫き後世に名を遺すような方で、四代目は後の四代目柳家小さん、五代目は後の林家彦六(先代林家正蔵)というそうそうたる顔ぶれの方々が名乗ってきた名前です。2019年に亡くなった七代目は、国立演芸場の鹿芝居で好々爺の役を演じていた写真が演芸場カレンダーに掲載されていたのを覚えています。詳しく知りたい方は、とりあえずは「東都噺家系図」か、ウィキペディアあたりで確認してください。

大きな名前を継いだ女性落語家としては、西の桂あやめ師匠(前名桂花枝、1994年襲名)に次いで二人目となりますでしょうか。こちらは、自身の師匠の前名を継いだということで、一門の落語家の方々と名前を守り続けてゆくのだと思います。

浪曲では「天中軒雲月」など、男性の名前を女性が継ぐということは割とあると思います。「天中軒雲月」は、初代から現在の五代目まで、女性と男性が交互に名前を継ぎ、現在の五代目は女性です。

「蝶花楼」は現時点ではおひとりです。
小朝師匠や一門の兄弟子(そういえば、すぐ上の兄弟子は「五明楼」という由緒ある亭号を継いでいます)の後ろ盾はあるにせよ、これから、代々の「馬楽」の物語も一緒に携えて落語家としての道をゆかれるのでしょうか。それとも、そんなもの関係ない、と、あくまで亭号だけ、と割り切って独自の道を進まれてゆくのか。

どういう道になったとしても、観客である私はそれを見守ることしかできません。

春風亭ぴっかり☆改め蝶花楼桃花師匠、真打昇進おめでとうございます。
これからのご活躍、静岡の地よりささやかに応援しております。

 

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劇王とストレンジシード、そして劇団清見潟。

縁があり、静岡市清水区の生涯学習・清見潟(きよみがた)大学塾で、落語の講義「清水で落語を楽しもう」の講師を始めて一年が経ちました。
講師は、ただ教室で教えていればいいというものではなく、年に数回講師だけの会合や打ち合わせがあります。そのために磐田から清水まで行くのはちょっと大変です。
先日、講師総会があったのですが、私は先約があってそれに参加できなかったので、後日の事務連絡の会に行きました。

そこで、事務局長さんが来季の開講と閉講について説明をしました。その中で、ちょっと気になったのが
「『劇団清見潟』は終了します」というものでした。

清見潟大学塾のサイト内「劇団清見潟」の案内ページ
2022年3月時点でページは存在しており、2022年度の受講生募集の小冊子には掲載はありましたが、事情はわかりませんが、終了とのことでした。(リンク切れの時のために、最後にスクリーンショットを貼っておきます)

劇団清見潟は、講義の形をとって劇団を結成、発表会で公演を行ってきました。2021年度は全体発表会が行われておらず、劇団の発表はお壊れていません。私が講師になったのは昨年ですから、コロナ禍で発表会は行われず、私は公演を見る機会を得ていません。
地元の人向けに公演をしてきたのだと思います。ですから、講師をやっているとはいえ、劇団清見潟の公演を見るまでには至らず、講師や受講生の方とも縁はなく、残念というほどの機会は得ていません。

劇団の上演記録を見ていて、「ん?」と思ったのは、

平成17年 彦七郎身替り顛末     作 杉山正 (県芸術祭後援会賞受賞)
       オアシス  愛知県長久手町『劇王』に参加」

のくだりでした。『劇王』ってあの? そうそうたる小劇団が参加して競い合う、あの?
日本劇作家協議会のサイトを見たら「2005年には、~、静岡、~からも挑戦者を得て」とある。
他に参加団体があったのかもしれないけれども、この静岡から参加した団体のひとつが劇団清見潟だった可能性はあります。
何をどう演じ、どのように評価されたのだろう。

ちょっと妄想がふくらみました。

もし劇団清見潟が続いていたら、例えば静岡で毎年ゴールデンウィークに市内中心部で行われているストレンジシードに参加していただろうか。いや、参加できた(る)のだろうか。ストレンジシードの演劇の中に、地元の公民館で練習しているような社会人の劇団は参加できた(る)のだろうか。

そういうわけで、劇団清見潟は終わってしまいました。劇団の方々とは残念ながらご縁はありません。
多少、劇団の経緯を知っていて、私と面識のある清見潟大学塾の事務局長も2021年度で退職されます。

以上の言葉は事情を知らないものの無責任な言葉でしかないかもしれません。それを承知で、どこかに何か記録が残ればと願い、ちょっとだけ語ってみました。




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ふんまつつるべ。

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(じろ☺︎@1y🎀さんのツイート)

 

ある時、ツイッターで「粉末鶴瓶」という言葉が出てきました。
何だ? と思って検索をかけたら、どうやら伊藤園の粉末麦茶のパッケージに、CMキャラクターをやっている笑福亭鶴瓶師匠の顔写真が貼ってあって、赤ちゃんにも優しいお茶ということで、用いる時に「粉末麦茶」の言い換えとして「粉末鶴瓶」という言葉がそれなりに使われているもようです。「粉末」で、一瞬、頭の中におぞましい映像が浮かびましたが、そういうことではありませんでした。


伊藤園 さらさら健康ミネラル むぎ茶 (チャック付き袋タイプ) 40g

検索をさらにかけると、麦茶=鶴瓶ということで、粉末のみならず「缶入り鶴瓶」とか「鶴瓶のペットボトル」とか、字面を素直に読むとおだやかでない言葉がちょこちょこと出てきます。ただ単に麦茶のパッケージに鶴瓶師匠の顔が印刷されているだけということなのですが、ここまで商品として利用されている落語家の顔があるでしょうか。落語家である以前に、顔そのものが商品として認識されているタレントとしての扱い。CM契約が無くなれば消える言い回しだとは思います。

落語家であることがまず前面に出ることが多い落語家のタレント活動の中で、己の存在を商品と同一化されて(されて)なおその価値を失わない。そこまでタレントであることが思い浮かぶ落語家としては、現役落語家では唯一無二だと思います。顔だけで落語家と認識される存在としては、柳家金語楼以来ではないでしょうか。…ふ、古い(私も実際のところは知りません)。

粉になったり缶になったり、そこまでされて大丈夫なのかな? と思いましたが、考えてみたら、過去には生理用ナプキンのCMで「月のもの(つまり、生理の経血)」になったりしているので、モノ化されて見られることに抵抗が無いのでしょうか。
落語家としての己であること以前に、他人に定義される自分になることへのハードルが、他の落語家に比べておそらく低い。

ここで、本来だったら落語家として鶴瓶師匠の高座と関係づけて語るべきなんでしょうが、残念なことに、私は鶴瓶師匠の高座を客観的に評価できるほどきちんと見聞きしていないんです。静岡(清水)で2回、あと、映画館の配信で1回くらいでしょうか。

ただ、そういう己以外の何物かになることができる才能というのは、この方の俳優としての評価の高さにつながるのかなあ、と、そんなことを思ったりもしています。

そういうわけで、今度、コンビニで麦茶を買おうと思いました。

 

 

 

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さりげなく。

2022年3月1日のサラメシ冒頭は、郵便局にカレーを届ける前局長の話題でした。

 

サラメシ シーズン11(33)「郵便局のカレー▽橋田壽賀子の鉄板焼き」

高知県土佐市。退職した前郵便局長が作るカレーが、後輩の郵便局員たちに好評だ。カレーはもちろん、自ら手作り。ほぼ月イチペースで、みんなの楽しみな昼食になっている。カレーを通じた、心温まる交流とサラメシを拝見!

小さな郵便局、退職した前局長が、後輩のために月一回届けるカレー。微笑ましい話題ですが、ところどころに現実がふわっと顔を出します。

  • 前局長が退職したのは13年前の53歳の時。営業などのノルマがきつくなり、今まで顔なじみで済んでいた間柄も「免許証の確認」などで面倒になり、退職を決意したが後悔はない。
  • 前局長に抜擢された女性の現局長、郵便業務だけではなく保険や貯金の業務も少人数でこなす。カウンターで「民営化されたんだから、つぶれないということはない」。

見ながら思ったこと。

郵便局の民営化は2007年。地道に地元で郵便局員として仕事をしてきた前局長が、民営化で業務の質が変わり、退職を決意するしかなかったんだろうな。そして新局長は、民営化された郵便業務を新たな心構えで日々の業務をこなしてゆくんだろうな。

画面はルーを4種類入れて作られるカレーを、そして畳敷きの郵便局のバックヤードで食べられるカレーを淡々と紹介しています。
けれども、その中に、さりげなく入り込む郵政民営化の現実。いいとも悪いとも言わない。ただそこにある状況を紹介するだけ。

あ~、こういう表現私好きだな、と思いました。問題点を真正面からとらえるのも大事だけど、そういう取材や表現では萎縮してしまう対象などを、物や人のクッションをかませて紹介する方法。

…そういうふうに、社会問題を取り上げたいですね、と、お役所のPR誌の編集のお手伝いをした時に提案したら、「は?」と言われてしまいました。そんなことをおいしそうなカレーを見ながら思い出しました。

画像は特に意味はありません。観光案内から引用しました。

 

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「お母さん、学校の先生できる?」

私にとって、小さい時、親の存在は絶対でした。
親は何でもできる、できないことはないと信じていました。

ある日、団地の居間で、手編みの赤いカーディガンを着て座る母親に尋ねたことがあります。

「ねえ、お母さん、『学校の先生やってくれ』と言われたらできる?」

母親は、中学を卒業して集団就職で東京に上京、目黒の大きなお屋敷で女中さんとして数年間働いた経験を持つ人です。
今だったら、そういう人が学校の先生なんてできない、とすぐにわかります。
けれども、当時小学校低学年だった私にはそんなことは当然わかりません。
学校の先生になるくらい簡単だ、母親にできないはずはない、と思っていました。
「…どうかなあ、言われたら頑張ってやるよ」
「できる」とは言わなかったけれども、「できない」とは言わなかった。
はっきりとは覚えていないのですが、そんなことを言ったように記憶しています。

*           *           *

 

「突然ですが、落語を教えてみませんか?」


ある日、私のところに知らない方からいきなり電話がかかってきました。
地元のカルチャーセンターの方からでした。
人に物を教えたことがない、人前できちんと話した経験が少ない、ただただ落語が好きで、東京から静岡に戻ってきてこの「好き」をどうすることもできなくて、誰かの「好き」が落語会として形になったのを他の誰かに情報として手渡すことしかできなくて、東海落語往来をただひたすらに作り続けてきた私のもとに唐突にやってきた「先生やってください」です。
その時、頭に思い浮かんだのは、子どもの頃に母親に聞いた

「ねえ、お母さん、『学校の先生やってくれ』と言われたらできる?」

でした。
聞いてきた相手が娘であるか、会社員であるかの違いはあります。けれども、あの時の母親と、今の私の知識量と経験と、置かれた立場は何が違うだろう。
ただ他の人より少しだけ「好き」の度合いが強すぎるだけで、けれども大都市にいる人に比べたらどうということもなくて、体系的に学んだ経験もなく、読んだ本と聞いた音を言葉として前から後ろに流すだけです。
そして、私も「できる」とは言わなかったけれども、「できない」とは言いませんでした。
幸か不幸か、落語の知識を教えるのには、資格は必要ありませんでした。そして、依頼する側には、本職の落語家を招くだけのお金がありませんでした。



その後、カルチャーセンターの話は、チラシを配布するところまではいったのですが、コロナ禍で開講が延期になり、2022年現在ペンディングになっています。ですが、お話をいただいた担当者の方とは現在もつながりがあります。
その代わりといっては何ですが、地元の老人向け講座や公民館の講座で落語の講義をするようになりました。これらの話も、やはり突然の連絡からでした。

私が今「教えている」のは、いわば、NHKの語学講座で言語を学んだ人が地域で通訳や教室を始めるようなものだと認識しています。英語だったりすると絶対人数が多いので教える人になるのは難しいですが、ちょっとレアな言語などの場合は、好きこそものの上手なれで活動する人がいらっしゃるという話を聞いたことがあります。

私は、自分の知識もどきを、誰かのために役立てていることができるでしょうか。
そして、そのままの母親がもし学校の先生をやっていた時より、上手に教室で先生をやっているのでしょうか。

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父は誰に似ている。

10年前に亡くなった私の父親は、あごが少し出ていました。
本人曰く「いかりや長介の弟として富士で飲んだことがある」というのが自慢でした。
富士市はいかりや長介氏が育った場所、そして父が一時期勤務したことがある工場がある場所です。
父は遊び人ではなかったので、娘はそれを話半分に聞いていました。

先日、テレビを見ていたら、「いかりや長介が実家を訪ねる」という番組を再放送していました。
収録・放送されたのは1995年だそうです。(*)
いかりや氏の実家にはお父さまとお母さま、そして弟さんとそのご家族がいらっしゃいました。
テレビの画面からわかったこと。
いかりや長介氏に弟さんがいるということ。
そしてその弟さんはあごが出ているというわけではなかったこと。

・・・。
「有名人の弟を名乗って飲む」、ネットでいろいろな情報が流れている現在では、とても考えられないふるまいです。
もし本当に、私の父が「いかりや長介の弟」を富士の飲み屋で名乗ってちやほやされたとしたら、それはどういうふうに受け止められていたのだろう。お店の人にいいようにあしらわれていただけではないだろうか。
長女は、確かめようのない数十年前の父のふるまいを思い、ひとりテレビの前で悶絶しました。

*      *      *

2021年のある日、私の夫が、テレビを見ながら言いました。
「おたくの亡くなったお父さん、菅(義偉)首相(当時)に似てない? 目の窪んだあたり」

・・・。否定できない。
そして、私は「いかりや長介にあごが似て、目のあたりが菅首相に似ている男」の長女です。
あごも過剰に出ていないし、目のあたりが菅首相にも似ていない、はずです。

きっと。たぶん。おそらく。それがどうした。

(*)NHK『BSおはよう列島 ふるさと旅列車 いかりや長介 〜静岡県 富士市〜』

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キラキラ。

   夏の暑い日、母親から電話がかかってきました。
「もしもし、あのね」「はい」
「向かいの家のAさんのお父さんが孤独死した」

えっ。

 

*         *        *

 

私の実家のお向かいのAさん(注:イニシャルではありません)宅。
数年前に奥さんが病気で亡くなってからは、ご主人が広い邸宅にひとりでお住まいでした。お子さんは複数いるのですが、近年家にいるのを見た記憶はありません。いろいろと事情はあったようですが、それはこちらにはわかりません。

「お向かいさんが孤独死した」なんて、娘以外他に話す相手もいないと思います。
母親は私に向かって目の前で繰り広げられたここ数日、そしてついさきほどまでの出来事を電話口で語りました。

毎日会って挨拶していたAさんの顔をここ数日誰も見ていない。
新聞受けに新聞が数日分たまっている。
家のチャイムを押しても誰も出てこない。
…これは何かあったのでは、と町内の皆さん感じたけれども、家に入ることはできない。
Aさんの身内の方の連絡先は町内誰も知らない。
町内で相談して、組長さんが警察に連絡をしたそうです。

通報後しばらくして、警察の方が複数やってきました。

「それがねえ、あんた、警察の人がすごく恰好良かったのよ」
「恰好良かった?」
「うん、3~4人かなあ、きりっとしていて、いつも交番から来るような人と全然違う。若くて本当に恰好良かった、キラキラ✨輝いて」
「キラキラ✨?」
「うん、キラキラ✨」
「いや、でも、それ、交番の人に申しわけなくない? 状況ぜんぜん違うんだから」

…キラキラ✨、ねえ…。

そして、そのキラキラ✨輝いた若い警察官は家の中に入ってゆき、こと切れたAさんを発見。遺体を収容してしかるべきところに持っていったそうです。夏の暑い盛り、遺体がどのような状態だったかは、私の母を含めた町内の方は直接見てはいません。

「ほんっと、警察官が若くてキラキラ✨してたのよ」
「はあ」

母親はキラキラ✨した警察官の様子を事細かにうれしそうに話してくれました。
まさかご近所の孤独死の対応の話を聞いていて「キラキラ✨」なんて単語が出てくるとは思いませんでした。あーびっくりした。

でも、まあ、母親が「キラキラ✨していた」というから、しかるべき対応をしてくださった警察官の方はキラキラ✨輝いていたんだと思います。一種の変死という現場に向かい合う方々は、体力気力ともに充実していて、気合いを入れないとてもこなせないお仕事なのでしょう。
私の思い浮かんだ感想はそんなところでした。
でも、年老いた母親がキラキラ✨した警察官の存在に気持ちが前向きに動いたのだとしたら、それはそれで悪いことではありません。

とはいえ、私は「キラキラ✨輝く警察官に会いたいですか?」 と言われると、「はい」とは言えません。
肩の力の抜けた警察官と時折無難にすれ違うくらいの、のんびりした日常を過ごしたい。

*            *            *

今年の初め、私の母に、テレビの通信販売で買い込んだのであろう「根こんぶだし」を一本おすそ分けしてくださった、お向かいのAさんのご冥福をお祈り申し上げます。根こんぶだしってけっこうしょっぱいんですね。あれは料理ができない男ひとりでは確実に持てあまします。

 

 

 




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普通の女性をテレビで見つめてみた結果。

最近見たテレビから、2例ほど。
(1) バラエティ番組。スタジオで、同じ趣味を突き詰めた女性二人が並んで話をしていました。ひとりは主婦、もうひとりはタレント。同じくらいの知識量でどちらも熱心に話をする。その熱さはともに共感が持てるものでした。

タレントは鮮やかな青色が印象的なノースリーブのブラウスを身に着けていました。そして主婦は、この日のために選んだよそゆきのためのストライプのプリントブラウスじゃないかな。そんなことを思いながらテレビを見ていました。
そのうち、番組が進行して時間が経つにつれて、主婦の服が、強いライトの下で、その服の仕立てや繊維が量販店のものであること、そして何度も洗濯をしたのであろうへたり具合が見えるようになってきました。タレントのブラウスはそんなふうには見えません。二人の服が、

「テレビに出るために購入したわけではない何度か着たよそゆき着」

「テレビに出るために購入した非日常着」

の違いが、テレビカメラの前ではっきりとわかりました。

これが一瞬の出演だけだったら、そんなことまで気づきません。番組が二人を真摯に取り上げ、一緒に並んで少なからぬ時間画面に映り続けているからこそ、タレントの服とははっきり「違う」ことがわかってしまう。それは主婦にとってあまりにも残酷な現実のように思えました。

(2)これは番組名をはっきり言います。NHKEテレ「SWITCHインタビュー 達人達」のある回です。
この番組は、前半と後半で場所を変えての二人の対談番組です。ある時、対談相手の一人として登場した女性のメイクと服装が前半と後半で明らかにはっきりと変わっている、と感じた回がありました。もちろん二回の対談の日付と場所が違うわけですから身に着けるものなどが変わり、それに伴ってヘアメイクを変えるのは当然のことです。ですが、私がその時はっきりと違いを感じたことを覚えているのは

「前半は本人が選んだ服装であり日常のメイク、後半はプロのメイクとスタイリストをつけて場とイメージに合いカメラ映えする最適な服とメイクにした」

ということです。
もちろん前半の服も似合っていましたし、メイクは薄かったですが好感の持てるものでした。ただ、その場のちょっと凝った照明のもとでは顔のツヤ感が汗をかいているように見えていた、ようにも思います。おそらく、企業を経営しているその方の日常の仕事着とメイクだったのだと思います。
後半では、はっきりと化粧が変わっていました。目元にしっかりとアイラインが入り、マスカラもしっかりつけ、あと、肌にはっきりとファンデーションがきちんと塗られていて、肌が過剰にテカることがないようになっていました。

以下は推測でしかないです。おそらく、優秀な企業人でもあるその方は、一回目を撮影した後にいろいろとチェックを入れて「テレビでこうありたい自分」をプロの目を入れてチェックを入れた結果、前半と後半で見た目がガラッ、と変わることを決断したのだと考えます。
ちなみに、その時の対談相手の男性の方は、服装は変わっていましたが、見た目はそれほど変わっていなかったと記憶しています。かける眼鏡を変えたのが目立った変化でしょうか。

 

*               *               *

で、私が何を言いたいかというと。

「普通の女性は、ふだん着で

テレビのスタジオ番組に

出演してはいけない」。

ロケ収録や完全に観客の一人としている場合は別です。万が一、出演者として出ることになってしまったらという場合です。
強いライト、細部まで映すカメラは、日ごろは気にしないで済む服や肌の細かい部分の荒れやアラ、老い、所帯くささや泥くささを想像以上に映し出してしまう。そしてそれをしっかりとカバーできるだけの技術や方法を持った方か、マイナス面があった場合それを魅力に変えることができるだけの力を持つか、どういう姿を映し出されても平気な心持ちの方だけがスタジオにいることができる。性別問わず、年齢問わず、キー局だろうが地方局であろうが衛星局であろうが、どんな小さな番組であろうが。
そういう望まない存在感をカバーするだけのテクニックや方法を持たないで日常をそのままテレビスタジオに持ち込むと、それは残酷なまでに隠せない良からぬ部分を映し出してしまう。そしてそこから得られた視覚情報を私のように過剰に読み取るバカが生み出される(あああ)。

私は、ラジオ番組やweb配信などに出演したことはありますが、幸いにもテレビスタジオでの番組に出演したことはありません。これからもおそらくないとは思いますが、物好きのひとりとして多少人前に立ったり取材されたりする機会が出来た昨今、「見られる」という意味がテレビ画面では他の媒体より意味合いが重くのしかかるのだ、ということは自覚しておきたいと思います。

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2021.10.10「どーも、NHK」、特集「伝統芸能っておもしろい! 日本の宝 伝統芸能を考える」文字起こし

10/10放送「どーも、NHK」

特集「もっと、NHK」伝統芸能っておもしろい!日本の宝 伝統芸能を伝える

礒野祐子(NHKアナウンサー、以下「礒野」) ここからは今日の特集、伝統芸能番組についてお伝えします。
マヤさん、伝統芸能に興味はありますか?
今泉マヤ(タレント、以下「今泉」) はい、私は以前寄席に行ったんですけども、落語家さんたちが
ひとり何役もの表現力、本当に素晴らしくて、もっと行ってみたいな~
とすごく思いました。礒野 引き込まれますよね~。
今泉 はい。NHKではどんな伝統芸能番組を紹介しているんでしょうか?

礒野 こちらがNHKで放送している伝統芸能番組です。
(一週間の番組案内の表)

 


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上がラジオのFM、下がEテレです。ラジオでは歌舞伎・浪曲・邦楽など、様々なジャンルを
放送しているんですね。Eテレでは、毎週金曜日と日曜日に伝統芸能番組を放送しているんですよ。
今泉 こんなにバラエティ豊かにたくさんの番組があるんですね。

礒野 まずは、伝統芸能の魅力を伝えるEテレの番組をご覧ください。

(「にっぽんの芸能」の紹介VTR)

(ナレーション・松岡洋子、以下「松岡」)Eテレ夜9時からの「にっぽんの芸能」。
古典芸能に精通した俳優・高橋英樹さんと中條誠子アナウンサーが、
本格的な芸をわかりやすく伝えます。

(「にっぽんの芸能」番組オープニングVTR)

高橋英樹(俳優・「にっぽんの芸能」司会) 「いずれの様の御贔屓お引き立てのほど、すみからすみまでずずず~い、と乞い願い申し上げ奉りまする~」

(歌舞伎「連獅子」映像)

松岡 今や世界的な人気を集める歌舞伎。でも、初めて見る人にとってはわからないことも多くあります。スタジオでは、専門家を交えて様々な物語の背景や芸の特徴などを詳しく解説。

(「にっぽんの芸能」2020.12.11「まるごと!歌舞伎」"仮名手本忠臣蔵"スタジオ映像)

(上記番組中のコメント)
児玉隆一(早稲田大学教授・以下「児玉」) 忠臣蔵は、本当に四季折々、2月の大序に始まって桜の盛りで切腹をして、勘平は夏の闇の中で事件を起こし、空きの月の祇園一力があって雪の山科・討ち入りまで、一年間の四季折々日本の四季を全部通じて描いているという魅力があります。

高橋 大長編「仮名手本忠臣蔵」堪能いたしましたね。

(文楽「平家女護島」喜界ヶ島の段、鶴沢清介)
(能 観世流能「屋島」弓流)

松岡 歌舞伎・文楽・能・狂言など、古典芸能の世界を初心者でも存分に楽しめる番組です。

高橋 改めて見ると、古典芸能の番組というのは、やっぱり日本の歴史の中に育まれた素晴らしいものであるということが気がつきますので、「あ、やっぱり日本人であって良かったな」と思える瞬間があるんですよ。そういったところを、皆さまと共有できたらいいなというふうに思います。

(調整卓の前)
佐々木治彦(にっぽんの芸能 チーフ・プロデューサー) 古典芸能、伝統芸能というのを定時、特に毎週という形で紹介する番組というのは、おそらくこの番組くらいしかございません。そういった意味でもですね、NHKとしての公共的な価値、文化的な価値というものは十分にあるものだと思いますし、生の舞台・生の公演にもそういったところにも、コロナが収まったらぜひ足を運んでいただく、そんなきっかけになれば嬉しいなと思っています。

(「日本の話芸」冒頭VTR)

松岡 Eテレ、毎週日曜午後2時は「日本の話芸」。落語と講談の第一人者が、一席演じる番組です。
例えば、現代落語界をけん引する春風亭昇太さん。

(春風亭昇太「御神酒徳利」)

松岡 人間国宝の神田松鯉さんの熱演も。
(神田松鯉「水戸黄門より 出世の高松」)


(「日本の話芸」講談セットの前)
大田純寛(日本の話芸エグゼクティブプロデューサー)ご家庭にいても、落語会にいらっしゃるような気分を味わっていただければと思っております。良質な芸を、全国の皆さんにあまねくお届けする、それが私どもNHKとしての役割のひとつなのではないかと思っています。

(能楽堂のセット)
礒野 今日は伝統芸能がテーマ、ということで、能舞台をイメージしたスタジオからここからはお送りします。
お越しいただいたのは、長年国立劇場で古典芸能の公演に携わってこられた織田紘二(おりた こうじ)さんと、演芸専門誌の編集長佐藤友美(さとう ともみ)さんです。お二方、よろしくお願いします。

織田・佐藤 よろしくお願いいたします。

礒野 織田さん、まずこの新型コロナの状況の中で、舞台関係大変厳しい状況なのかなと思いますが、現状どのような状況なのでしょうか。

織田紘二(以下「織田」) 伝統芸能だけではないんでしょうが、どの舞台も皆さん苦しんでいらっしゃいます。
しかし、そういう中でもだんだん次第に元気になっていらっしゃるということと、それから演者もやっぱり舞台を待っているということと、とにかく見るもの聴くものに飢えていたんじゃないかと、本当にいい客席の空気を味わうことができていますね、今。

佐藤友美(以下「佐藤」) 寄席はもう随時開いているんですけども、やっぱりまだコロナ禍で思うように足を運べない演芸ファンがたくさんいる中で、落語と講談と浪曲はやっぱり主に東京や大阪の繁華街で発展した芸能なので、日常的に聴きに行くことがなかなかできない中、NHKの演芸番組は、みんな心待ちにしていると思います。

礒野 NHKでは、あまたの名人たちの芸を放送して、それを保存しています。こうしたNHKの取り組みについて、どう思われますか。

織田 やっぱり映像と音の記録というのは、アーカイブされているものというのは、本当に日本の宝だと思いますね。能の世界っていうのは、600年以上、室町時代からの日本人のしぐさですよね。日本人のしぐさというものを、本当にやっぱり今、舞台に残しているわけですよね。
落語にしても、歌舞伎の特に世話物にしても、やっぱり江戸時代の日本人のものの考え方、それから日本人のしぐさというものを本当にやっぱり見ることができる、聴くことができるというのは貴重だと思いますよね。

佐藤 今は亡くなった師匠の高座を流れてる(原文ママ)のを見ると、ああ、あの時はああだったこうだったいろんな、もう自分の人生と照らし合わせていろんなことを思い出されもしますし。あの、もちろん私が間に合わなかった、生で見ることがかなわなかった名人たちを見ることができるのでありがたいです。

礒野 NHKの伝統芸能番組は、後継者の育成にもつながっています。

(浪曲師・真山隼人の舞台)

松岡 真山隼人さん。26歳の浪曲師です。小学校の頃からラジオで伝統芸能に親しんできた隼人さん。
中学2年生の時に聴いたNHKのラジオ番組が、プロを目指すきっかけとなりました。

(ラジカセの映像・ディスプレイには「AM 1161」の文字)

およそ50年前から続いている「浪曲十八番」。毎回、第一線で活躍する浪曲師が一席を演じる番組です。隼人さんが聴いたのが、真山広若さんのこの一席。

テロップ(真山広若(現・二代目真山一郎)「俵星玄蕃」浪曲十八番、2009年2月12日放送の音源が流れる)

普通は三味線の伴奏だけの浪曲を、オーケストラをバックに演じるという大胆なアレンジです。

真山(リモート取材) 「なんじゃこれは!」と思いましたね。もう衝撃的で、3日間寝られないくらいの衝撃をドーンと与えてもらってですね、「この浪曲やってみたいな」と思ったのが第一印象ですね。

ナレ 手紙で頼み込み、15歳で弟子入り。翌年から舞台に上がり、技を磨き続けました。そして、23歳で、文化庁芸術祭新人賞を受賞しました。今、FMの「浪曲十八番」に名だたる名人たちと共に、毎年出演するように
なっています。

(真山隼人の音源)
テロップ(「雨月物語 仏法僧」FM「浪曲十八番」ことし(原文ママ)4月22日放送)

真山 僕が聴いて弟子入りした番組に、自分も出られるようになったんだという、この気持ちはうれしくて、もう毎年、一年に一回、最近出させていただいてるんで「次、何しようかな」と、人生に彩りを与えてくれる番組です、はい。

(能舞台セットに戻る)

礒野 真山隼人さんのように番組がきっかけで、浪曲のとりこになってプロになったという方もいらっしゃるんですね~。今の若い世代にとっても伝統芸能というのはじゅうぶん魅力があるものなんですね、佐藤さん。

佐藤 昭和から平成ぐらいまでにかけては、落語や講談というのはちょっと古臭いものとして若い方から敬遠されていたところもあると思うんです。ただ、それが一周回って古いけど格好いい、新鮮なものとしてまた今ちょっと受け入れられているのかなあと思います。
その芸をいいと思えるアンテナを持った若い世代が必ずどこかにいて、それをキャッチして、番組をきっかけにのめりこむ、で、番組をきっかけにのめりこんでプロになる人がいるし、一方で観客として見巧者として育っていく。そうやってその芸が継承されていくので、これからも演芸番組は続いてほしいし、続くことが重要だと思います。

織田 うん、本当に若いファンというのが増えてきて「くれないと(力入る)」、伝統芸能というのは、本当、あの、ますます、やっぱり元気になってゆけないと思いますね。また歌舞伎の世界でも、また能の世界でも、非常に若い演者が増えておりますので、やっぱり若い演者と若いファンが一緒に成長してもらいたいと、そういうふうに思いますね、はい。

礒野 なるほど。伝統芸能を次の世代に伝えるためには、公共メディアであるNHKにどんなことを期待されますか。

織田 僕はNHKという公共放送のこれは役割として、これは本当にもう義務だというふうに思いますね。本当に役割はもう日本の伝統を、そして日本の伝統芸能を含めてですけれども、日本の伝統文化というものを、いかにやっぱりそれを一般国民のために提供していただけるかというのはもう大事なお仕事だと思います。ぜひこれは絶やさないでいただきたいというふうに切望します。

佐藤 最初に普通に古典落語を聴いて「ちょっと難しいな」って思っている子ども向けに親子で楽しめる落語番組ですとか、例えば中学生や高校生が自分の日常と地続きでわかりやすい落語番組などがあれば、演芸ファンにもなるきっかけにもなると思います。

礒野 ますますこれから伝統芸能の伝え方というのも、私たちも考えたり工夫ができそうだなとお話を聴いていて感じました。織田さん佐藤さん、今日は貴重なお話、どうもありがとうございました。

織田・佐藤 どうもありがとうございました。

 

(文字起こし終わり)

 

 

 

 

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嫁入り道具の使い道。

結婚して磐田に来る時に、嫁入り道具なんて大層なものはありませんでしたが、ひとつだけ買ったものがあります。

それは
「駿河塗の箱鏡台」
でした。

引っ越した先はごくごく普通の一戸建てです。そこで暮らす上で最低限の化粧品を入れる場所として、静岡駅にある駿府楽市で購入しました。3万円程度かな。5万円はしませんでした。カード決済をしようとしたらうまくゆかなくて、あわてて現金を下ろしたのを覚えています。

箱鏡台の前がふたになっていて、ふたを上に開くと鏡が上につき、中の箱と小さなひきだしが二つ見えます。ひきだしを開けて閉じると、もうひとつのひきだしが勢いでしゅっ、と軽く開きます。ものすごく満足です。

で、この箱鏡台は、現在も化粧の時に利用しているのはもちろんですが、現在、意外なことで重宝しています。

それは
「ネット配信の時のノートパソコン置き場」
です。

zoomなどでオンライン会議をやるようになり、本や荷物で乱雑な部屋を見せるわけにもゆかないので、白壁で物が少ない部屋にパソコンを移し、部屋でクッションに座って配信に参加するようになりました。その部屋にテーブルはあるけれども、ちょっとパソコンは置きづらい位置にある。

そこで、箱鏡台の上にパソコンを載せると、ちょうどノートパソコンのカメラが顔の正面に来ることに気づきました。これは使いやすい。

鏡台の上には黒く小さな丸かんの金具の持ち手がついていて、持ち運びするのに便利でした。それほど運んだりすることはなかったのですが、使い続けるうちに気がついたら取れていました。どこにいったのでしょうか。金具をつけていた小さな別の金具がついていてちょっと不安定ではありますが、配信そのものにおいて大きな支障はない。

人生、何がどう役立ってくれるかわかりません。

目的はともかく、この鏡台とはおそらくずーっと付き合うことになるでしょう。

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